代表あいさつ
 
私はレディースファッション部門で働くことを夢見て、高岡市内の繊維問屋に就職しました。しかし、私が配属されたのは建築資材を扱う部門だったのです。
その時に上司に、「これからはインテリアというものが生活になくてはならないものになるから、責任者として担当して欲しい」と言われました。この一言が、私が建築業界で仕事をするきっかけとなったのです。
 
最初の頃は、インテリア資材卸として小売店さんを新規開拓し、必死で売上を伸ばすことに専念していました。ある時、衣料量販店のバイヤーに商品を売り込みに行った時に、「君の商品知識と販売技術では弊社に売り込むには10年早い。勉強して出直しなさい」と、言われたのです。自信が出てきた時期に、同年齢の担当者から言われたこの一言は、とても恥ずかしくショックを受けました。
そこで考えたのが、「資材を卸すだけでなく、店舗改装工事もセールスして一緒に受注すればいいんだ」ということです。
その時から、“店舗改装工事部門の営業責任者”として、衣料小売店、家電小売店の改修工事に携わることになったのです。順調に実績を上げていきましたが、私の若気の至りから上司と衝突してしまい、店舗改装部門を上司に任せ、建築下請け部門を立ち上げることになりました。
 
今になって考えると、アパレル業界で働くことを希望していた私が、建築業界の仕事をするようになったことは、必要必然の流れの中にあったように思えます。
 

建築会社の下請けの仕事をしていた時の体験は、現在のフジ創アイノスの家づくりの基礎になっています。その時学んだことは良いことも、悪いこともあります。その中で、反面教師として実際にあった話をご紹介します。
 
鉄骨を骨組みにしているハウスメーカーの仕事をしていた時の事。
内装一括工事を受注してから、私は現場の監督に尋ねました。
私(荒井)「図面では外部に面するところに内装用の下地が指定されているが、本当にこれで良いのか?」
監督「お客様は予算がないと言っている。15年持てばそれで良い。内装材でもそれくらいは持つだろう。指示どおりにやってくれ」 
私(荒井)「………?」
そんな考え方で顧客の満足を得られるのか大いに疑問を感じましたが、その時は元請けの言われるままに工事したのです。(その家は、10年目の春に外壁を張り替えました) その時、監督に聞いた話はもっとショックな内容でした。 「自分たちは本社へ上納金15%、支社経費40%、合わせて55%の粗利が必要なのだ」というのです。
大手ハウスメーカー数社と仕事をしていた時の事。
大手ハウスメーカーでは現場監督が現場に来ることは珍しく、下請け業者が工事内容を確認することができないので、勝手に工事を進めてしまうことが日常茶飯事でした。
「えっ、そんな仕事で良いの?」という場面に何度も出会いました。
宣伝では、工場で性能試験をし品質管理ができた優良住宅と言っていますが、現場で作るのは職人さんたちです。 会社が利益を上げるために職人の工賃を安くして、時間で追い立てていたのでは良い家が建てられる訳ありません。大手のハウスメーカー数社との仕事は、請負価格が安すぎて採算が取れないので止めました。
 
30年ほど前、富山県にツーバイフォー住宅が建ち始めた時の事。
ツーバイフォー工法は、細い木とベニヤで仕上げる欧米から来た“枠組み工法”を呼ばれる工法です。私は内装仕上げの下請け業者として、ある工務店からクロスとカーペット工事の仕事をしていました。その家の現場は、とにかく下地が悪く、壁は湾曲しており、床は隙間だらけで、それをパテでごまかし、そのうえ、「隙間はカーペットで隠れるから、そのままで良い」という指示でした。
「『壁で強度を持たせる工法』だから、増改築には向きません」と、監督にいうと「15年持てば上等だ。建て替えをすればよいだろう」と言ったのです。
その工務店からの下請けは数回で止めました。仕事をしていて納得がいかず、気持ち悪かったからです。
 
たくさんの工務店さんとお付き合いさせていただいた中で、建築業界の非常識な常識(?)を嫌というほど体験しました。そんな現場を見たからこそ、“お客様の立場に立った仕事をしたい”という思いが芽生えたのだと思います。
 
下請けの仕事は、プラスの面もありました。それは、技術的な勉強をすることが出来たことです。お陰様で鉄筋コンクリート、鉄骨、木造と全ての建物を経験しました。それは今では私の人生において大きな財産となっています。
 

平成7年、バブルがはじけました。
富山県への影響は少なかったのですが、私はものすごい危機感を感じ、勤め先のトップに新規事業を進言したのです。しかし、まったく相手にされず、「このままでは私も会社と一緒に沈んでしまう」と真剣に悩みました。
そして、その夏に退職することを決め、新しい職を探すことにしたのです。その時私は48歳。いまさら雇ってくれるところはないだろうと、独立する道しかありませんでした。
それまでお世話になった会社と同じ仕事をするつもりはありませんでしたが、ゼネコンの元幹部が私にこう言ってくれました。
「荒井君、長年この業界で活躍してきて、君には目に見えない財産が蓄積されているはずだ。今更、違った職業を選ぶより、その財産を活かしてこの業界に貢献することが天命だと考えたらどうか?退職した会社は総力を挙げて君をつぶしにくるだろう。けれど、周りが助けてくれると思う。遠慮しないで思い切り活躍したら良いよ」そのアドバイスに勇気をもらい、平成8年1月、退職金500万円を元手に準備を開始し、平成8年2月1日「有限会社フジ創」が誕生したのです。
 
独立当初、周りの人に助けられ、下請けとしての仕事を受注することができました。独立したばかりの私を信頼して仕事を任せてくださった皆さんには心から感謝しています。しかし、“不動産と住宅開発”の経営者として活躍したい。『下請けではなく元請けとしてお客様と直接会話し、納得のいく仕事をしていきたい』と思う私は下請けの仕事をさせていただきながら、徐々にその方向へと会社の舵を取っていったのです。
 

フジ創を創業した当初は、「お客様は安ければ喜んでくれる」と、勝手に(?)思い込んでいました。そして新建材とビニールクロスの発する『鼻にツーンとくる化学物質の臭い』を、新築の臭いだと信じていたのです。
しかし、平成14年の春、知人の甥から新築の紹介を受けました。その打合せの席で「私たち2人ともアトピーを持っているので、自然素材で健康住宅を造って欲しい」と、言われたのです。
自然素材の建材を使った家造りは、それまで扱ったことの住宅でした。自分なりに細かく調べ、苦労しながら様々な問題を解決し、自然素材の健康住宅を引き渡すことができました。
 
そして、この仕事が「安く建てること」を第一に考えていたフジ創の家づくりの方向性を大きく変えたのです。
・本当に住みごこち良い家
・家族が幸せを感じる家
・その価値が永続的に続く家
・健康で長持ちする家
そのような家を実現することがフジ創の家づくりとなったのです。
 

住む人の健康に配慮した自然素材(天然素材)を使った住宅をお客様にご提案すると、 「フジ創さんの家の良さは良くわかるのですが、自然素材(天然素材)を使うと予算が合わなくて私たちには無理ですね」と言われることがありました。
また、見学会にいらした方に、「私たちの収入では、マイホームなんて一生無理だ」という方も多くいました。
そのような話をお聞きするたびに、“この人たちにも何とか健康に良い家で暮らす幸せを感じてもらいたい”という思いが芽生えてきたのです。その思いを実現するために調べてみる事にしました。
高岡市内のアパートの家賃は6万円前後が主流です。アパートに住んでいる方に家を建ててもらうためには、6万円の住宅ローンの支払いで土地と建物が購入できなければいけません。返済を35年ローンで組むと、借入総額は2,030万円までとなります。予算が決まれば、その金額内での住宅を企画すればいいことになります。
しかし、単に安いだけではフジ創の家づくりとはいえません。“住む人の幸せな暮らし”を実現しなければならないのです。また、見積り後にお客様のご要望以外で追加料金が発生したり、オプションで価格が上がらないように、すべて込みの価格に設定しなければなりません。
「無垢の床材」「漆喰塗の壁」「無垢材張りの壁」など自然素材(天然素材)を取り入れ安心して子育てができる天然素材の注文住宅、このようにしてアイノスの家が出来上がったのです。
 
アイノスの家は「ブライダルハウス」という名前でもご案内しています。それはこれから、『結婚する人にこそ安心して子育てできる天然素材の注文住宅に住んでいただきたい』という思いからです。
一般には結婚すると親元を離れアパートに住む方が多いのですが、アパートは決して住み心地が良い住居ではありません。まして、そこでのびのびと子育てをすることは難しいのです。若いうちにこそ、ローンを組み、家族みんなが笑顔で生活できる家を建て、資産形成をしていくべきだと私は考えています。
 
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
大切なご家族のために、自然素材(天然素材)を使った家を安い予算で建てたい方は是非お問合わせください。